2.2 Diary 日々のつれづれ 2.5 Freelance フリーな働き方

旅と人生における熱量についての考察。

13回目?の確定申告が終わりました。

ようやく自営業者の通過儀礼、確定申告も終わり、ぼーっとした数日を過ごしています。

30代前半で病気退職のようなかたちで会社組織からドロップアウトしたあと、自分の体力ではバリバリバリバリと働く以外の働き方は会社という組織体では難しいなと思い、そこからはずっと個人事業主というかたちで生きています。そのこと自体はとても自然な選択かつ後悔なぞまるでないのですが、大変なのは「自分で自分の生活やモチベーションを保つ」努力が必要なこと。

会社に通勤するということをしたくないがために、(通勤電車が無理)それ以外の方法で、やりたいことだけをやって生きるというのを実践し続けるのは、お給料が自動で毎月入ってこないということ以外にもいろいろと大変なことがたくさんあって。

いろんなものの見え方、考え方、生き方を知るのが旅の醍醐味

からだからこころを変えていくという、ボディセラピストという職業を長くやっていたこともあり、その人の痛みの本質を探るということに向き合う日々。そんななかで、そうならないよう努力はしていても、自分の体調やこころのあり方、コンディションが如実にセラピーの質に左右することもやっぱりあって。

そんなときに、自分を支えていたのは、ひとりでふらりと旅に出ることでした。

ボディセラピーサロンをやっていたとき、最後の数年は、月の半分は営業せずに、ゲストハウスの取材も兼ねつつ旅に出ました。自分が知らない土地に行き、そこで新たなものの見方や考え方を知り、翻って自分の生きる道やあり方をなんとはなしに考える時間。そうやって自分の中に新たな風を入れることで、またクライアントの方にしっかりと向き合う上質なセラピーを提供できる、そんな流れをつくっていました。

ひとり旅の魅力は、自分の生きる力を感じられるところ

ひとり旅の魅力とは、特に言葉の通じにくい外国に行くと顕著ですが、自分の底力みたいなものをパワーアップすることができることも魅力のひとつだと思っています。

予想外の出来事、アクシデント、トラブル。

ないに越したことはないのだけれど、何があっても「なんとかなる」。いや、「なんとかしないとマズイのでなんとかする」。その過程において、人によっては自分の弱点に向き合うことになったりもします。

例えば、わたしもその傾向がありますが「人になかなか頼れない」という人。弱みを見せたくないとか、恥ずかしいとかまあいろいろありますが、そういう人が異国で超絶困ったとき、どうするか? ここでその人の生きる力がぐーんとアップすることがあります。

いつもならできないことを、やらざるを得ない。ボディランゲージでなんとかするとか、恥ずかしいけど誰かに助けを求めるとか、いろいろ。そこでどれだけ「いつもならしないようなことを、体験するか」でその成長度も変わったりだとか。

旅先の小さな選択の繰り返しが、人生の質を高める

もちろん治安の悪いところにわざわざ行くとかそういうのは最悪で、犯罪や詐欺などのトラブルに見舞われないような情報収集や準備はある程度は必要だけれど、それも少しずつ慣れていくにつれ、「これは危険だけどこのあたりは大丈夫」っていう鼻が利くようになってきます。

小さなそういう経験値の積み重ねが、自分らしい生き方をしていくちょっとした訓練になっていく。

ひとり旅だとすべての行動を自分で決めるので、決めなくてはいけないので、「なんでもいい」とか「どっちでもいい」っていう選択肢がありえなくなる。面白くなるのもつまらなくなるのも、自分次第。だからどんな選択も真剣かつベストなものを探す。美味しいランチは、事前の調査と現場の状況を見分して最後は直感を駆使して選ぶ!

ここではないどこか、からいつでも旅してるような生活に

とはいえ、旅は旅のテンションがあり、生活には生活のリズムがあって。

ずっと昔は、わたしも「ここではないどこか」を探して旅に出ていました。自分の知らない楽しくてずっといたくなるようなユートピアのような場所。毎回旅から帰って来る度に、次はどこに行こうか?と、旅に出ることだけが人生の楽しみ、みたいな感覚で。

その後、三浦半島の海辺に住むようになって、生活そのものが旅、みたいな日々が何年も続いたことで、「ああ、旅に出なくても、今この時間が旅みたいなものだ」と思うようになりました。人生そのものが旅みたいな感じにほんとうになった。実際には毎年あちこち出かけていましたが、なんというか「ここじゃないから違うところを探す」みたいな旅に対する現実逃避感はなくなりました。

今、また自分にとっての旅の意味が変わってきている

数年前に海辺のセラピストライフからシフトチェンジして、住む場所も職業もメインのものは変えている最中。今は旅と生活の関係もまた少しずつ変化している途中なのかもしれません。

今までは、自分のこころの内側で旅の効能を実感していたのが、今はそれをもう少し多くの人に伝えたい、という衝動。その実証や実効力を得るための研究のような旅をここ1.2年はしている感覚です。

インプットの時間ばかり取ってしまって、なかなか思った以上にアウトプットに至っていないのが自分でジレンマなのですが、人生を切り拓くためのツールとしての旅のあり方とか効能みたいなものを、もっとたくさんの人に実感して行動してもらいたい。そのために何をすればいいのか?をずっとあれこれ試行錯誤しているような感覚です。

写真や動画や文章。いろんなツールを使って試す日々

何かを伝えて発信する。新たなチャレンジには勇気も度胸も必要だし、それに粘り強くとりかかる時間と根性も必要です。人にはそれぞれ「コンフォートゾーン」と呼ばれる居心地のよい心の場所があって、それを抜け出すのはなかなか大変なことで。

今のわたしは、異国に旅することはまったく勇気が必要なことではなく、もっと違う分野で今の自分の限界を超えるようなコンフォートゾーンを抜けて新たな世界に向かう挑戦が必要だなと感じています。

が、それってほんとに地味で時間のかかる訓練でもあって。

どんなかたちで、どんな風に発信していけばいいのか?仕事としてどんな取り組みをすれば、自分が経験してきたことをよきかたちでたくさんの人に伝えていけるのか?

めちゃめちゃ撮ってる写真、最近増えた動画、文章。それともまったく違うなにか?

コンフォートゾーンを抜けた先に見えるもの

ラクして儲ける、みたいな価値観がはびこる昨今だけれども、実はそれって貨幣経済のある種の罠で、世界一儲けてて、もうお金なんて使い切れないくらい持っているビル・ゲイツだって、今も毎日働いている。

わたしは基本的にナマケモノで、いつだってダラダラしてたいし、睡眠時間は8時間欲しい凡人だけれども、気ままな生活をずーっとしてると、生活に張りはなくなり、「なんのために生きているのか?」みたいな哲学的な問いを自らに投げかけてしまったりする。

短期的な努力ではなくて、人生を通じてずっとあったほうがいいのが、小さなコンフォートゾーンを抜けることで得られる楽しみなんだよなあ。

今の居心地よい場所を抜けたその先に見える未来がどんなものかは誰にもわからないけれど、(少なくとも私にはぼんやりとも見えてこないけれど)その抜けるときの苦しみを人は「やりがい」とか「生きる実感」というのかもしれないな、と思うのです。そして一度抜けたらまた違う場所でコンフォートゾーンが出来上がり、それが一段落したらまた次の小さな冒険が待っている。その繰り返し。

今の居心地から更にグレードアップしたコンフォートゾーンへ

人生をちゃんと生ききろう、そう思って30歳前後で自分の生き様みたいなのをガラリと変えて、本気で好きなように生きるにチャレンジしてきた十数年。その試みは大変なことももちろん多かったけれど、大きく観ればわりと、いやかなり成功していて、ありたい人生を実現できているような気はしています。

でも、じゃあ、今が最高か?っていうともちろんそんなことはない。
税務申告ではひいひい言うし、明日の生活がどうなるかもわからない不安定な身分だし、これから将来どうやって生きようか?という命題についても、今までで一番わからないのが今かもしれない。だから、またこの一時的な居心地のよい場所から、新しいコンフォートゾーンへと抜ける努力が必要なときがやってきているなと感じるのです。

こんな風に感じるのも、もうすぐ自分の誕生日がやってきて、そのあとすぐに、春、春分がやってくるからかもしれないですね。人間は自然の摂理や宇宙・星の動きとシンクロしている部分もたくさんあるから、動物的・直観的に生きる部分の多い今のわたしは、ちょっと調子悪くても「今は星の動きがアレだから」みたいな感じで、調子よく星のせいにしていますが。

PHOTO:台湾/高雄&タイ/バンコク

 

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