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#02『芸術がわからなくても美術館がすごく楽しくなる本』ーワンダラーユウコの読書ログ

美術・芸術がよくわかりません・・・

この本は「タイトル勝ち」というか、わたしにとってはこのタイトルを見たとたん「ホントですか〜?」という気持ちになってつい手に取ってしまった本。
芸術とか美術とかって言われると、ちょっと毎回ドキドキしてしまう。美大とか芸大の人を前にすると、違う人種なんじゃないかと思ってドギマギする(笑)でも、めちゃ憧れはあって、いいな〜とか思うという揺れる乙女ゴコロ(何のことだか)。

そんなわたしが読んだこの本、サクッと読めるガイド本ですがなかなかおもしろかったです。

「わーキレイー」だけでいいのだろうか?とたまに思う

現代美術館にはたまに行きます。空間の雰囲気は好き。

わたしが美術館というところにちょこちょこ行くようになったのは、関東に越してからのことかもしれない。とくに地元だった横須賀美術館は、中の展示よりも建物やカフェなど全体の雰囲気が好きで、ホッと落ち着きたいときなどたまに訪れていました。

旅先でも瀬戸内国際芸術祭などのアートイベントに行くことが増え、猪熊弦一郎現代美術館(香川県丸亀市)で「なんじゃこりゃ」という衝撃を受け、「現代アートって本当になんでもアリなんだな」「自分の常識や意識レベルを壊すことが現代アートなんだな」って思えた頃から、ちょっと楽しくなってきました。

でも未だに近代以前の絵画や彫刻などを扱う美術館には足が遠のきがち。そんなわたしが読んだのがこれです。

芸術がわからなくても美術館がすごく楽しくなる本
ー知識がなくてもできる教養の磨き方

芸術がわからなくても美術館がすごく楽しくなる本

芸術がわからなくても美術館がすごく楽しくなる本 藤田令伊

第1章「美術館という箱を存分に楽しむ」はクリア

最初は「美術館」の展示内容だけじゃなくて、その建築やお庭やカフェの雰囲気を楽しんでね、というような内容が書かれてあって、「おお、それはなんとかクリアしている」と、ふむふむと思いながら読み進めます。

作品として美術館の空間を体感するというセクションでは、岡山市の犬島精錬所美術館が取り上げられてましたが、たしかにこことか豊島美術館はそういう「体感型」にふさわしい。ちなみに数年前の夏、犬島精錬所美術館に行ったときは、全国の最高気温が史上最高の42℃とかになった日で、冷房のないオープン型美術館のだった犬島で、干からびて死にそうになった記憶があります。

廃墟っぽいところ大好きなわたしとしては「萌え」風景!

例えば私が行った犬島精錬所美術館の紹介は

明治時代に瀬戸内の小さな島につくられた銅の精錬所を美術館に転用した施設です。レンガ造りの建物や煙突が歴史を感じさせ独特の雰囲気があります。館内には現代アートの作品が展示されている、というか、産業遺産である元精錬所がアート作品と融合してトータルで一つの作品をなしている感があるのです。

 

とあって、まさにそうだったなーと思い出しました。暑かった記憶しかないと思ってたけど、写真を見返したら、中の様子も結構おもしろかったことが思い出されてきました。現代アートというかアトラクション的な楽しみ方ができたような。

そして「美術館がお目当てになれば旅が一段と楽しくなる」と締められていました。

「美術がわかる」ためには深い知識や鑑定眼は必要ない。「自分なりの価値観」が大事

第2.3章に入ると、美術の作品そのものの「見かた」についての話になってきますが、美術の誤解を食べものの例えで解説しています。

私たちは食べ物を食べると味を感じます。好きか嫌いかは別として、必ず何らかの味を感じます。美術鑑賞も同じことです。何かの作品を見たら、好き嫌いは別にしても必ず何らかの印象を抱いているはずです。その印象が自分の価値観につながります。「自分の価値観がわからない」という人は、自分が作品を見て感じた「味」と世間一般の評判が合致しないから、そう思い込んでいるだけではないでしょうか?
(中略)
好きな味が人それぞれなのと同じように、美術の好みも人それぞれです。自分の「味覚」と世評が合わないことを気にする必要はまったくありません。

 

そして、正しいとか間違っているという見方から離れて、間違いを恐れることが美術鑑賞にはもっともよくない。今の美術鑑賞は「オープンエンド」つまり唯一の正解がない状態と考えられているので、人それぞれの見かたがあってそれでOK。重要なのは自分にとってそれがどんな意味があるか、ということを感じる事が大事だと説いています。

美術館の歩き方として、「早足で歩いてざっと見る」とか「パネル解説は参考程度にあとで見る」などの方法が提案されていて、なるほどな〜と。

美術を深く鑑賞する力は、五感をフルに使って感じることで得られる

タイトルを見ないで、自分でタイトルをつけてみたり、解説(ディスクリプション)を考えてみたり、自分なりのストーリーを作品のなかにつくりだすことで、自分なりの鑑賞方法ができてくる、と第4.5章では書かれています。さらに帰ってきてからその鑑賞したものを反芻し、体験を血肉化しろ、とも。ひえーそんなことまでしたら身が持たない〜!と私なんかは思ってしまいますが。

アート作品の「好き嫌い」をなくす方法 が興味深い

本の中にこんな一説がありました。

私たちが美術を見るときの視線は、私たちの心理と深く関わっています。私たちは自分の好きなものは肯定的な視線=”アメ”の眼で、好ましく思っていないものは否定的な視線=”ムチ”の眼で見る傾向があります。このことは当たり前のように思われるかもしれませんが、私たちのものの見方の一つの大きな落とし穴になってします。

例えばもしあなたが印象派が嫌いだったとしましょう。(※すでに印象派が謎ワードだけど読み進めます)すると、あなたはモネの絵を”ムチ”の眼で見ることでしょう。いったん”ムチ’の眼で見ると、あなたはモネの絵の気に入らないところばかりが眼に入ってきます。あなたはいつまでたってもモネの魅力を理解することができないでしょう。(中略)「嫌いなものを”アメ”の眼で見ることなどできるのか?」と思われるかもしれませんが、それができるのです。私たちは人間関係でよくやっています。たとえ嫌いな人であっても「この部分はいいところだ」というふうに見ていたとしたら、嫌いなものを”アメ”の眼でちゃんと見ていることになります。

 

なるほどな〜と思いました。結局のところ、絵であれ彫刻であれ、それがアートじゃなくてもしかしたら風景とか人物とかであっても、一眼的な決めつけたような見かたをすればそれだけ視野が狭くなり、楽しさや魅力がわからないままに、好奇心の扉を閉じてしまうのかもしれない。「わからない」とか「むずかしい」とか思った瞬間に、感受性がそれだけで落ちてしまって、そのことが芸術や美術をより「むずかしい」と感じさせてしまうのかもしれないです。

わたしも未だに中世の宗教画とかは、歴史的バックグラウンド知識が乏しいということもあり、全然好きになれなくて、海外に行っても立派な教会の壁画なんかもほぼスルーなんだけど、この本で紹介されていたように、「この登場人物は何をしているのか」という問いを(本当はそうじゃなくても)想像したりすれば、なんだか楽しく見られそうかも、というヒントは得ることができました。

 

美術館に行くとぐったり疲れる問題。

ところで、わたしがあまり美術館などに行かない理由のひとつに、「楽しいけど疲れる」ということがあります。どういうことかというと、映画なんかもそうなのですが、「感受性が高すぎて、ひとつひとつ見てるうちにエネルギーを使い過ぎてぐったり疲れてしまう」という問題なのです。

絵も、作家の思いが詰まったひとつのエネルギーなのだとわたしはおもっていて、ひとつひとつの作品と呼ばれるものから、それらが発現している。技術とか色とかいろんな技法とかで「すごい!」とか「美しい」と思うこともあるけれど、でもどこかしら傑作と言われるもの、いやそうじゃないものですら、ひとつひとつにものすごく大きな「力・エネルギー」がこもっていて、無意識のうちにわたしはそれを感じているのではないかなと思うときがあります。

普段の生活においては、たぶんそういう能力はある種レベルを下げているのだけれど、美術館などに行くと、むしろその五感を解放させて見るほうがおもしろいわけで、そうすると「あまり長居すると理由もなくぐったり疲れる」問題が発生するのです。

たぶん、行き慣れてなくて、「一回行ったらモト取ってやろう」みたいな根性があるからなのかもしれない(笑)。あまり力んで全部の作品を同じように感じよう!とか思わずに、ひとつでもお気に入りがあればいいかな、くらいなつもりで臨むとよいのかも?と書きながら思いました。みなさんの美術への関わり方はいかがですか?

まちの中に現代アートがあると、全てのものがアートに見えてくる

こんな人におすすめ

巻末におすすめの美術館100というのが掲載されてますが、いわゆる大美術館中心のものではなく、個性的で環境のよいぴりりとよいセレクトのような気がしました。いくつかわたしもメモったので、美術館の雰囲気が好きだけどよくわかんない、というわたしのような美術館ライトユーザーの方にはとてもよい参考書になるかと思います。気軽にさらっと読める本なので!

犬島精錬所美術館

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